2013年5月24日金曜日

竜巻報道で感じたこと

オクラホマで竜巻が起こった、巨大竜巻で被害状況は各番組で報道されている。
海外で起こった事故や、自然災害、テロ犯罪などの際、必ず初めに言及されるのが日本人の安否である。私はこの報道に違和感を感じることが少なくない。

私は、「日本を元気する」が社是のコンサルティングを日々行っている。
その立場から、日本の将来に大きな影響力のある、メディアの検証をしたいと予てより考えている。

まず、今日はその第一弾として、竜巻報道の検証をしてみたい。

この日本人の安否はどのような目的で報道されるのだろう?日本に住むひょっとしたら、知り合いがいるかもしれない人のために、知らせるのだろうか?
もちろん、知らせてはならないとは思わないし、価値のない報道だとも思わない。

しかし、ややもすると、本来伝えるべき内容例えば、
被害の状況、原因、現地の対応、オバマ大統領の措置の検証などとは無関係に、邦人の安否ばかり優先して報道しているように映ってしまうのではないだろうか?
飛行機事故などの場合でも、海外メディアは自国民の安否の前に、テロの可能性を含む事故全体の輪郭について明らかにする。

メディアとして、国際人としてまず感じなければならないのは、被害のあった地域に住む方々を悼む気持ち、事故の全体像、事後の対応の検証、現在の状況、日本人として出来ることの有無をしっかり確認した上で、邦人被害についての言及ではないだろうか?

一昨年の大震災における海外メディアの報道で、各国の国民の被害者の報道がどれほどあっただろうか?

日本人にはグローバル人材が少ないという指摘が多くある。殆どの場合、英語力のレベルを問うているようだが、「国際人」とは世界に関心を持ち、国際的な常識を理解した上で、翻って日本人としてどうふるまうかを考えられる人材であると考える。

この観点から言えば、メディアには、邦人の安否情報の前に、伝えるべきことをしっかりと伝えることで、「国際人」としての感覚を鍛える一助を担ってもらいたいと思う。


1 件のコメント:

  1. 先生の深い「問題提議」にいつも感銘を受けております。

    私は日本人の「国際感覚」以前に「自国しか考えられない国民性」に違和感を感じております。

    いつからこんな「視野の狭い」国民性になってしまったのか?

    それは一重に「過去の偉大な先輩達」を敬う気持ち、また学ぼうとする気持ちの欠落のように感じます。

    私はそのようにならないよう、必死に学び、尊ぼうと思います。

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