2014年4月17日木曜日

平成メディア考Ⅱ-STAP報道のこれまでとメディアの矜持を検証する

STAP細胞、延いては小保方氏へのバッシング報道が止まらない。
416日の笹井副センタ―長の記者会見により、更に加熱した。

「嵩に懸かる」-(優勢に乗じて攻める、優位の立場をいいことに相手を威圧する)という表現がまさにぴったりの姿勢ではないだろうか?


今日は、メディアの矜持(プライド)について一連のSTAP報道を例に考えてみたい。


まず始めに、STAP関連の報道が、本質的に幾つかの問題を混同している部分を整理してみたい。
STAP現象、STAP細胞、STAP幹細胞の真偽について。
②小保方博士の化学者(理研研究員)としての資質と、今回の責任について。
③理化学研究所のあるべき姿。



①に関して、少なくとも日本のメディアは殆ど言及していない。笹井氏報道で少し解説するメディアがあった程度で、言及しているのは、論文発表に関する手続き論と小保方博士批判だ。

手続きの不備については、②、③に該当する内容であって、①そのものではなく、いわゆる外堀についての議論である。
TVに出てきて、「研究記録がノート2冊である時点で既にまともな研究とは言えない」という類の専門家(?)の発言などはその最たるものであろう。

上記内容は、コメンテーターとして有識者、専門家のコメントだが、一般の人の感想と本質的な差異を感じないのは私だけであろうか?


人類にとって、STAPという現象が本当に存在するか否かは、極めて重要な問題で、一研究員の研究者としての成熟度、一研究所の体制の問題とは次元の異なる問題である。

そもそも中身は解らないので、理研に都合の良い手続きの部分だけ重箱の隅をつつくような調査をすることでお茶を濁すことではないはずだ。

しかも、挙ってメディアは同じ論調で理研サイドにたって、小保方博士批判をするに留まっている。
もしも、これが当初の期待通り全く新しい世紀の大発見だったと仮定した場合、その肝心な内容ではなく、これまでの論文作成の体裁、手順といった言わばお作法がなっていないから、発見そのものが無かったとするならば、人類の進歩は止まってしまう。

同じ論調を体制側の情報だけから発表するのであれば、メディアが複数存在する意味はない。

当該内容は当ブログでも、説明しているので参照されたい。


BBCCNNNew York timesなどをみてみると、3誌で最新は41日の理研の最終報告の内容についてなど、公式発表の報道はされたが、小保方博士の記者会見、先日の笹井副センター長の報道はされていない。

これは、STAP細胞の真偽については報道するが、理研と小保方博士の個別の問題については報じる必要性を感じていないということであろう。
メディアとしてのスタンスが明確である。


結論として残念ながら、20144月現在、STAP現象の真偽については不明である。

- 因みに現象の真偽が不明であるため、STAP細胞の作製、増殖可能な幹細胞(分裂して同じ細胞を作る能力、または異なる種類の細胞に分化する能力を持った細胞)の有無の真偽はまだまだ時間を要することになる。



次に②の小保方博士の理研研究員としての資質と今回の責任について

理研が6つの疑問を定義し、その結果報告を行っている。皆さんも良くご存知の内容だと思うので、ごく簡単におさらいだけしておきたい。

1.Nature誌論文に掲載された画像が、過去(2011年の博士論文)の画像と酷似している。
理研によれば、これは捏造である。という発表がなされた。小保方博士も取り違えは認めている。

2.遺伝子の実験データ画像が切り貼りである疑い。
理研は改ざんと断定。小保方博士は、作成条件を理解しておらず、「見やすくした」と加工は認めている。

3.実験手法に関する記載の一部が他人の論文の盗用の疑い。
理研は文献引用の記載はないが、不正とは判断できないとコメント。

4.上記3の手法が実際の手順と異なる。
理研は実験の詳細を把握せず載せた過失はあったが、不正とは言えないと判断。

5.STAP細胞画像に不自然なゆがみがある。
Nature誌の編集過程でのゆがみの可能性があり、不正とは言えない。

6.別の条件で実験した2種類のマウスの胎盤の画像が似ている。
不要になった画像の削除を失念したものとして、不正とは言えない。


上記から言えることは、決して「これまでの常識」としての精密な手続きと、不備がないような検証がなされたとは言えないことから、小保方博士が経験不足であることは容易に判断できる。
しかし、小保方博士の化学者としての能力自体を否定するものだとは思えない。

この問題については、今後理研と小保方博士が論文をどうするのか、今回の責任の所在をどのように調査・分析するのかを、双方がしっかりと論議して明確にすべき問題であろう。



最後に③理化学研究所のあるべき姿について。

2つの点で問題があるものと考えられる。

1つは、今回のSTAPは化学における重大な発表であるにも関わらず、とかげの尻尾切りのように、小保方博士個人の問題として処理しようとしている点だ。

理研のチェック体制に問題が無かったと言えるのだろうか?一般企業であったならば、世紀の大発明をした会社がその業界ではナンバー1である雑誌に記載し、記者会見までした内容が、後から幾つかの疑惑が生じたからと言って、開発のリーダーであるユニット長が未熟でした、全てはユニット長の責任です。

という理屈が成り立つのだろうか?


ようやくここに来て、論文を指導した笹井副センター長が、自身の至らなさという表現はしたものの、チェック体制の脆弱性は依然として否めない。

自らの襟を正し、プロセスの見直し、研究所の責任の所在等、しかるべき責任を明確にすべきではないのか?メディアもそれを指摘すべき立場にあるのではないだろうか?(笹井副センター長への質問も、長時間に亘ったものの、本質論というよりは外堀に関する質問に終わり、なかには小保方博士との男女関係に及ぶものさえ存在した)



次に、何故この問題を理研が全力をあげて、本当にSTAP現象が存在するか否かを可及的速やかに検証しないのか?6つの疑惑を調べることより人類にとって遥かに重要ではないのか?

小保方博士、研究に関わった全ての協力者、当該分野のスペシャリストの叡智をあらゆる手段をつかって結集させ、その真偽を明確にすべきであろう。

これまで述べてきた点について、何故日本のメディアがもっと明確に調査、報道しないのか?甚だ疑問である。
私には問題を矮小化しているように見えてならない。

更に言えばどのようにすれば証明できるのか?という肯定論のスタンスでもっと建設的な質問、報道のメディアが存在しないのか?



現在の日本メディアに、プライドはあるのだろうか?ポリシーはあるのだろうか?報道とは何をなすべきものなのだろうか?

理研の発表を鵜呑みにしたり、小保方博士、笹井センター長を非難する前に、メディアとして、問題の整理、本来のプロセス、課題の所在と起こった原因、そして、今後どのような覚悟と体制でリカバリーをするのかを、独自の調査、見解も含めぶつけるべきではないだろうか?


この論議が人類にとって前向きに動き出すトリガー(引き金)となるような役割を、メディアには期待したい。

2014年2月3日月曜日

平成メディア考-小保方博士の報道を検証する

2014129日、独立行政法人理化学研究所により、「体細胞の分化状態の記憶を消去し、初期化する原理を発見」したとのプレスリリースが行われた。

今や、日本中が注目する研究内容となった現象を、研究ユニットリーダーである小保方博士は、細胞外刺激による、体細胞からの多能性細胞への初期化現象を、「刺激惹起性多能性獲得」(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency)、すなわち、STAP、その現象が生じた多能性細胞をSTAP細胞と名付けた。

100%キメラマウスひらたく言えば、「まだ個性付けされ分化する以前のいわば赤ちゃん細胞(多能性細胞)が、分化して大人(体細胞)になったら、初期化(また赤ちゃんに戻る)することは有り得ない」というのが科学の常識だったものを、初期化できることを確認したというものだ。

この素晴らしい研究内容にご興味のあるむきは、是非、理化学研究所、発生・再生科学総合研究センター、および同センター内の細胞リプログラミング研究ユニットのホームページを参照されたい。研究レポートも記載されている。
http://www.riken.jp/pr/press/2014/


今日は、この世紀の画期的発見そのものではなく、その報じられ方について考えてみたい。

筆者はかねがね、メディアに求められる姿勢、対して昨今の日本のメディア報道の在り方について、実際の事例を通じて考察し、提言したいと考えていた。
本投稿は、その第一弾と捉えて頂ければ幸いである。

さて、そのポイントだが、一連の報道を見て感じた違和感だ。一言でいえば、「あまりにも、研究活動、発表内容と関係のない報道ばかりがされていないだろうか?」というものだ。

具体的な内容としては、割烹着を着用している、髪型が素敵、指輪が高級ブランド、容姿が美しい、若い、女性、研究室がかわいい、などおよそ研究そのものとは無縁な内容ばかりを、各社が我先にと言わんばかりに加熱報道したのである。

その結果、小保方博士、理化学研究所から異例の報道自粛のお願いという内容が、ホームページに記載された。
小保方研究ユニットの記載
理化学研究所のプレスリリースがこちら

研究に専念したいので、小保方博士への取材はご遠慮下さい、というものである。


何故、ここまで追い込んだのか?
あるキー局では、卒業アルバム、本人が書いた作文、ポエムまで公開し、かなりの批判を浴びた。

殆どの局は、小保方博士をアイドルのように仕立て、研究内容と何ら関係のない、私的な内容の報道を繰り返し行った。
どのような思考をすると、この素晴らしい研究成果の報道を行うのに、卒業アルバムや、作文を入手して公開するという発想にたどり着くのか、甚だ疑問である。

メディアが伝える報道である以上、伝える内容は単なる事実の列挙ではなく、意図がなくてはならない。
しかし、その意図が本来伝えるべき内容から逸脱し、矮小化された内容となるのであれば、メディアとしての資質を疑われても致しかたあるまい。


海外メディアが今回の発表をどう捉えているのかを確認しよう。

BBCStem cell ‘major discovery’ claimed

CNN: Stem cell breakthrough may be simple, fast, cheap

New York times: Study says new method could be a quicker source of stem cells

いずれのメディアも、研究成果をしっかりと書いており、何ができるのか、何が素晴らしいのかにきちんと言及した内容である。

小保方博士のように、華やかなスター性があるキャラクターの人は、メディアが報道したくなるものだろう。しかし、メディアに真剣に考えて欲しいのは、今回本当に伝えるべき内容は何か?だ。

1つには、これまで科学の常識では有り得ないという、いわば常識破りを分厚い壁に阻まれながらも果敢に挑戦し続けることで、自らの仮説が正しかったことを実力で証明したことだ。

2つ目としては、共同研究として行われた成果で、小保方博士の研究ユニットだけではなく、若山照元山梨大教授(元理研チームリーダー)、ハーバード大学のチャールズ・バカンティ教授らの国際共同研究チームによるものであることだ。

詳しくは、英科学誌「Nature」を参照されたい
Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency


それに対して、国内メディアは、

朝日新聞:泣き明かした夜も、STAP細胞作製、理研の小保方さん

読売新聞:かっぽう着の「リケジョ」、柔軟発想で快挙

日本経済新聞:万能細胞 リケジョの革命

海外メディアが内容を報道しているのに対し、国内報道はこぞって小保方博士個人を報道し、研究内容は二の次となっていた。


若い美しい女性であり、ファッションセンスがある、泣き明かして頑張ったといった「女性」、「美しい」、「耐えて頑張った」というもっぱら小保方博士個人に焦点があたる表現を報道した。

また、親しみやすいとでも勘違いしたのか、呼称として「小保方さん」、「リケジョ」など、およそ敬意が感じられない表現を使用したが、これがiPS細胞における、山中教授の報道であったならばもっと敬意を持った表現であったであろう。


日本のメディアが半ば‘常識’として行っているテンプレート(報道パターン=女性で若く美しいキャラであれば、個人とそのプライベートにフォーカスする)を、‘常識’に何も挑戦することなくバカの一つ覚えのように報道した。

彼らに、研究成果を「‘常識’と異なる」として当初頭ごなしに否定した、科学誌「Nature」や学会を責める資格があるのだろうか?

何故報道するのか?の意図がどこも同じ個人フォーカスであれば、メディアが複数存在する意味はない。

メディアは、絶大な影響力を持っている。力を持つ立場は、その行使の仕方に対して真摯であり、謙虚でなくてはならない。

メディアの質は、国の質をも左右する。


どの層をターゲットセグメント(主に視聴する、視聴して欲しいと狙う層)にしているのか解らないが、面白おかしい内容ではなく、メディアとしての意図をもった「内容で競う」誇りを持った報道を期待したい。

2013年10月29日火曜日

偽りの「おもてなし」の本質的な問題-阪急阪神ホテルズ

去る10月22日、株式会社阪急阪神ホテルズが運営する8つのホテルのレストランなどが提供していた料理の、実に47品目がメニュー表示と異なる食材を使用していたことを会社が公表した。

ニュース、ワイドショーなどで取り上げられ、「料理偽装」問題として大きな波紋を呼んでいる。

この問題、10月24日に社長の会見が行われ、「料理偽装」ではなく、「メニューの誤表示」と主張し、更に10月28日には、「担当者が産地や製法を拡大解釈していた」との認識を示したのである。

どのような「誤表記、拡大解釈」だったかといえば、以下のような内容だ。

芝エビと表記したが、実際にはパナメイエビだった。
信州の天ざると表記したが、中国の粉が混ざっていた。
レッドキャビア(マスの卵)が実際はトビウオの卵、鮮魚が冷凍保存、手ごねハンバーグが既製品。
自然卵のオムライスが、液卵を混ぜたり、九条ネギが普通のねぎであったりといった具合だ。

これが47品目に上り、少なくとも2006年3月から起こっており、その間の利用客は述べ8万7775名に上る。


社長曰く、
原因は、調理担当者が慣れていない、認識不足で食材を知らないためである。

或いは、部門間の連携が悪く、うまくメニュー開発サイドと運営サイドがコミュニケーションが出来ていなかったため、メニューが先行してつくられ、実際には異なった食材だった。

との理由であり、決して偽装表示ではなかった。というものである。


ここで、幾つかの基本的な問題をあげておきたい。
まず、扱っているものが食材で、提供している場所が名前の通ったれっきとしたホテルであり、調理はプロの料理人であったことだ。

誤表記、拡大解釈というより、悪意がなかったと仮定しても、私には「誠意のない表記」、「ホスピタリティに欠けたメニュー」という表現が当てはまるように感じてしまう。

誠意やホスピタリティが欠けたホテルは、それ自体問題ではないのか??


28日夜、改めて出崎社長が記者会見に臨み、今回の一連の問題の責任を取り、11月1日付で辞任する意向を表明した。

辞任の理由について会見では、

「再調査の結果、お客様を欺く意図がなかったことが確認された」と述べたが、

一方で「ただ、この理屈はお客様には通らない。裏切り行為にほかならず、単に表示を誤っていたレベルを超えた【偽装】との指摘を受けても仕方ない」とのことだ。

この一連のプロセス、行動を少し紐解いてみたい。
そもそも、ホテルとはどのような場所で、生業(なりわい)は何か?という、基本に立ち返れば問題の本質は自ずと見えて来るのではないだろか?

利用したり、宿泊する側にとって、ホテルとは、束の間心を癒す空間であり、まさしく従業員の質の高い「おもてなし」というホスピタリティを期待する、信頼できる場所であるべきである。


阪急阪神ホールディングスのグループ理念は以下の通りだ。

「『安心・快適』、そして『夢・感動』をお届けすることで、お客様の喜びを実現し、社会に貢献します」

次に、その傘下で今回の問題のホテルグループである、株式会社阪急阪神ホテルズの企業理念が以下である。

「心豊かな社会の実現に向けて
私たちは、常に変革に取り組み、『安心・快適』
そして『夢・感動』をお届けすることで心豊かな社会の実現に貢献します」


これらの素晴らしい企業理念に照らしてみて、従業員に、その顧客の信頼に応える認識がどこまであったのだろうか?


また、社長の最初の会見内容、その後の素早い辞任会見にも疑問が残る。

最初の会見ですべきことは従業員を庇うことだったのだろうか?
次の行動として、この早い段階での辞任を決めるべきだったのだろうか?
責任ある企業のトップとして、どのような責任を取ったといえるのだろうか?

企業のトップとして、まずすべきことは、利用顧客への信頼回復を第一に考えることであると思う。

そして、透明性の高い事実の究明を行い、根本的な課題の特定と、再発防止のために何をすべきかの明示を、企業理念に恥ずかしくないレベルで行うことが必要だ。

今回の問題で阪急阪神ホテルズが失ったものは、ホテルとしての信頼であろう。
単に社長が辞任しても、ホテルグループとして、残された従業員がどのようにしてこの難局に対応するのかは全く見えていない。

辞任する覚悟を決めたのであれば、トップの果たす責任として
「事の究明に全力で当たり、信頼回復のための道筋を明らかにすること」が必要であり、自らの出処進退はその後の対応ではなかっただろうか?

不謹慎な表現かもしれないが、こういう時だからこそ、責任あるある行動によって、「流石に阪急阪神グループだ」という信頼を示すチャンスでなのではないだろうか。



2013年10月8日火曜日

安倍内閣を振り返る-自分の国を見定める

2012年12月26日、安倍晋三氏が96代内閣総理大臣に指名され、第二次安倍政権がスタートした。

1,000人の有権者を対象にメディアが行っている各月の支持率をみると、9月中旬現在で65.2%と高水準を記録している。

衆参両院で多数を占め、体制は盤石で長期政権を伺わせる勢いだ。
だが、本当にそのように安定した政権なのだろうか?
今日は、この安倍内閣の検証をしてみたいと思う。

特に今回注目したいのは、先日発表になった消費増税、オリンピック招致での安倍総理のスピーチ、原発問題とトップセールス、そしてアベノミクスである。


まず、消費増税だが現行の5%を、2014年4月に8%へ引き上げることを決定した。
しかし、当初の目的である「社会保障と税の一体改革」への対応の筈が、年金制度、社会保障抜本改革は見送られ、増税だけが決まってしまった格好だ。

理論的には、消費税は1%増税につき2.7兆円の増税と言われるため、3%で約8兆円の増収が見込めることになる。


但し、少子高齢化の影響で、社会保障費は年間1兆円程度増えていることと、法人減税を計画していることもあり、仮に社会保障費にだけ充当したとしても、この増収分は、すぐに追いついてしまうことになる。

また、根本的な問題として、平成25年度一般会計予算の内訳をみると、更に恐ろしい景色が見えて来る。
歳入92.6兆のうち、税収は僅か43兆円で、実に5割弱は国債などいわゆる借金で賄われている。

反対に歳出は、社会保障費に29.1兆円、国債に22.2兆円(返済に12.3兆円、金利に9.9兆円)でこの2費目で55.4%を占めることになり、特に国債は約43兆円を新たに発行するのに対して、僅か12兆円強を返済するに過ぎない。


また、財務省のホームページによれば、25年度末公債残高予想は750兆円で、一般会計税収の17年分に相当する額とある。

このことから考えると8兆円の増収分が、余裕をもって何かに充てられると考えるには無理が有り過ぎると言わざるを得ない。

もちろん、政治は継続であり、安倍政権だけがこの気の遠くなる額の国債発行の責任者ではない。
しかし、今回の消費増税に際して上記の状況を十分に説明したと言えるのだろうか?



次にオリンピック東京招致は記憶に新しいところで、各方面でそのプラスの影響が出始めている。
国として久々の大きなイベントで、日本が元気になる引き金になってくれることを切に望みたい。

だが、一方で手放しに喜べない部分もある。
3.11の復興が遅れていることを考えると、特に招致活動における安倍首相の最終プレゼンに私は疑問を抱かざるを得ない。


「The situation is under control」
これは残念ながら明らかな「嘘」であり、このことは以前当ブログでも記載したので、参照頂けたらと思います。
http://richard-kanasugi.blogspot.jp/2013/09/blog-post.html


「鋭意努力している」、「今後も努力をし続ける」という発言であれば、オリンピック招致という目的を考えれば、解らなくはない。

しかし、これまで一貫して事故処理の対応の殆どは東電任せで行われており、放射能漏れは全くめどがたっていない状況の中、一国のトップがこれまでも全力で対応しており、現在は完全にコントロールできているという虚偽の発言をしたことで、この発言を聞いて釈然としなかった方々は決して少なくないと思う。


そのUnder controlにはない原発を、こともあろうに首相自らが海外へ赴きセールス活動をしていることに関しては、もし、1度でも重大な事故が起こった場合、誰がどのように責任をとるのか?と疑問を抱く。

そもそも現代の人類は対応する術を持ち合わせているのだろうか?
チェルノブイリ、福島の惨状を見るに有効な手立てがあるとは言い難い。

先日、小泉元首相が原発ゼロを今から実施すべきという発言をして話題を呼んだが、彼が原発を推進してきた立場の人間であることからくる発言の是非についての批判はともかく、放射性廃棄物の処理能力、事故が起こった場合の対応を考えると、極めて真っ当な投げかけであることは疑う余地はないだろう。



最後に安倍政権の柱とも言えるアベノミクス三本の矢について。

皆さんも良くご存知の通り、
第一の矢は、2%の物価上昇目標が達成されるまで無制限の金融緩和の実施

第二の矢は、13兆円規模の財政政策、すなわち公共事業などの投資である

第三の矢は、民間投資を喚起する成長戦略、有体に言えば民間企業の設備投資を喚起する

現在、第二の矢までは実施されており、最後は民間の投資ということだが、民間の投資を誘発するといっても、果たして簡単にできるのだろうか?


投資を喚起するためには、成長が見込めなければならない。成長しないのに投資する企業は無いからだ。

しかし、5年スパンでみると、1960年代をピークに実質GDP(経済成長率)は下がり続けている。
これは、日本市場は成長市場ではない、いわゆる「伸びない市場」ということだ。

伸びない市場においては、量、規模の拡大を誘発するのではなく、海外市場へ積極的に打って出るための質の向上、付加価値の増大を狙うべきである。

これすなわち、設備投資ではなく、グローバル人的資本、グローバル人財に対する投資である。
可及的速やかに、世界に通用する人材、リーダーの育成が必要だと考える。


しかし、以前当ブログにおいて記載したように、日本は内向き志向に向かっている。
http://richard-kanasugi.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html

「2本の矢は放ったのだから、後は民間の投資の番だ」と言わんばかりの体制ではなく、どう積極的に3本目の矢を活用するのかを、政府も真剣に議論すべきではないのか?

或いは、「原発ゼロを実現する」、「同時にクリーンな代替エネルギーによる電力維持」、「電気料金は寧ろ低減することを実現する」という意思決定をし、新しい日本のエネルギー供給体制を実現するという舵をきった方が、第三の矢に相応しい原動力につながるのではないだろうか?



これまでの安倍政権の振り返りを行ってきたが、どの政策を見ても、現在の支持率が示すほど、実際の成果は追いついていないようだ。

今後も、憲法改正問題、国防軍の創設、TPP、消費税の更なる増税など、国の将来を決めるような大きな意思決定が控えている。

これは他人事でも、対岸の火事でもない。まさしく「自分ごと」である。

我々日本人、一人一人が現政権を「印象」で支持するのではなく、事実をしっかり見つめることで政権の運営に注視し、この国の舵取りを見守る必要があるのではないかと思う。





2013年9月25日水曜日

半沢直樹最終回にみる教訓-倍にして返す中身と相手

平成の怪物番組、TBSの半沢直樹の最終回が9月22日に放映された。
ビデオリサーチによれば、関東の平均視聴率42.2%、瞬間最高視聴率46.7%とのことで、平成になってからの民放ドラマとしては、もちろん断トツのトップを記録した。

まだご覧になっていない方で、今後見る予定のある方は内容にふれるため、ドラマを見てからお読み頂くことをお奨めします。


このドラマ、「倍返しだ!」という流行語を生んだことでも、話題を呼んだ。
主人公がいわゆる悪役を成敗する仕立てで、溜飲が下がる思いで毎回を楽しみにしていた視聴者が多かったという。

しかし、最終回はかなり意外な結末で終わった。
成敗されたはずの悪役は常務取締役から取締役への降格という比較的軽傷で済んだ。

一方、成敗した側である主人公は子会社へ出向(事実上の左遷)を言い渡されたところで番組は終わる。
両者降格であるが、主人公の方が大きな代償で、実質的には負けである。

ネットでも終わり方に関して、様々な意見が飛び交っているようで、流石に人気の高さが窺える。


内容はご存知の方ばかりだとは思うが、念のため少しだけ整理すると、この主人公の銀行への入行の動機は、町工場を経営していた自身の父親が、銀行から融資が受けられず自殺に追い込まれたことに端を発する。

その銀行とは、現在は合併後であり、当時の銀行そのものではないが、まさに自身が務める東京中央銀行である。

更には、当時の担当者は現常務取締役の大和田で、今回の半沢の最終的な標的である。


その最終標的にたどり着くまでに、何人かの人間とかかわり、何人かの悪を成敗してきた。

その成果の報酬(取引条件)として、一支店の融資課長であった半沢は、標的である大和田常務に近づくために本社の営業二部次長へ栄転する。

そして、ある融資案件を巡って大和田と対決し、最終的には勝利するのだが、処遇は当人の予想とは大幅に異なり、出向を言い渡されるという結末で終わる。


「続編のために、敢えてこのような形にした」、「映画化をするために、あえてインパクトの強い変な終わり方にしたのではないか?」、「黒幕は頭取だったのではないか?」
などが、ネットを賑わすコメントだ。
何というひどい人事だ、と残念に感じている方も多いのだろう。

しかし、筆者はこの人事、実は頭取の主人公に対する期待の表れであったと解釈している。
その意味では、条件付きながらかなり愛情のある人事だと言って差し支えないと思う。


これまで、半沢は銀行においてかなり仕掛けられ、裏切られ、スケープゴートにされながら、土壇場でピンチを切り抜けてきた。

大和田との最終決戦も構造としては同じだが、大きく違う点が1つ明確に存在する。


それは、これまでの勝利は全て、お客様のため、銀行のため、銀行員として自らが信じる行動をとったことにより収めた勝利である。

しかし、最終回は明らかに異なり、最後は純粋に私怨で、個人として大和田を貶めることが目的になってしまい、頭取の静止も無視して宿敵大和田に、取締役会出席の全ての人の前で、土下座をさせるというところまで追い込んでしまった。

これを主人公サイドにたってみた場合、スッキリした、溜飲が下がったと感じる向きも少なくないであろうが、この土下座はいったい誰の役にたったのだろうか?

もっと言えば、この光景を目にした人々にどのように映ったかを想像すると、半沢の狂気が透けてみえ、結局は、彼らに「未来の大和田」を想像させたようにすら見える。

仮に、今の半沢を2階級特進などに処遇した場合、狂気を通して倍返しした人間は褒められるという行為が「黙認された」と人々は感じ、殺伐とした文化が定着化していくだけで、父親を自殺に追い込んだ銀行の体質改善、意識改革とはほど遠い道を歩むことに他ならない。


頭取は、出向を言い渡す場面で、「この人事を是非とも受けて欲しい」と宣言し、発令する。
獅子が我が子を千尋の谷=bottomless ravine へ突き落すというが、まさにそのような心境ではなかっただろうか。

恐らく将来頭取の候補になれるくらいのパワーのある才能ある若者に、自らの狂気に己自身が気付くことで、自律的に成長して欲しいという愛であったように思われる。


やられたらやり返すという気概はバネになる。
しかし、実際に私怨で個人攻撃をしてしまえばそれはもう、社会人として、大人として不適格者ということになってしまうのではないだろうか?

ましてや、メガバンクの本社の次長であり、部下をもつ管理職としての立ち居振る舞いとして適切だったのか?

顧客のため、銀行全体のためになるという目的に合致した行動だったのか?

本当に強さを持った人間であれば、顧客のため、銀行のためにどのような行動を取るべきかを徹底的に考え抜くことが求められる。


心理学者のチャック・スペザーノ博士の著書に、「幸福こそ、最大の復讐である=Happiness is the Best Revenge」がある。
スペインのことわざにも、同じものが存在する。

倍返しとは、直接相手に痛みを与えることではなく、自らの成長、人のために尽くす行動という形で返すことが出来れば、大きな幸福につながるのではないだろうか。

人の上に立つ人間であれば、一歩進んで部下にその経験を積ませることで、幸せの意味を学ばせる責任があるのではないだろうか。

続編の半沢が、出向先で初心にかえり、素晴らしい活躍をすることを期待したい。


2013年9月6日金曜日

福島第一原発対応から学ぶ-見て見ぬふりをする平成日本人気質

連日のように報道されている、福島原発の放射能汚染水漏れ問題だが、この僅か10日程度で紆余曲折した。

8月30日に衆院経済産業委員会の理事懇談会において、放射能汚染の水漏れ審議は先送りとなった。
9月7日に控えたIOC(国際オリンピック委員会)総会前に、審議の紛糾は五輪招致に致命的との判断が働いたためとニュースは伝えた。

その後、2日のニュースではタンク周辺で最大、毎時1,800ミリシーベルトの放射能が観測されたと報じた。この値は4時間浴びると死に至るという放射能レベルとのこと。

さすがに、海外メディアもこの問題を連日記載しはじめ、これに伴い政府主導での対応が必要と判断し、急きょ470億円を投入して、政府が前面に立つことが決まった。

いわく、「一刻も早く問題に対処すべき」、「東電に任せておけない」とのことだ。


しかし、本当にそうだろうか?少し検証してみたい。

まず時系列に整理をすると、地下貯蔵庫から汚染水が検出され始めたのは、今年4月の上旬からで、抜本的な対策がなされないまま、7月には海流への流出が発表された。

更に8月20日に貯蔵タンクから300トンの汚染水漏れが確認され、同28日に国際評価尺度でレベル3(重大な異常事象)に引き上げられた。

これまでは原因が特定できないということで、発災以来2年半が経過しようとしている今日まで、何ら抜本的な対策が講じられず、いわば場当たり的な対処療法で過ごしてきたのである。

少なくとも、4月からの一連の出来事は、いずれも「一刻も早く対処すべき問題」ではなかったのだろうか?


次に、今何が問題なのか?についてその構造を整理すると、

①災害発生からずっと冷却水が注入され続けており、その汚染された冷却水が地下貯水槽から毎日400トン汲み上げられ、地上の貯水タンクに移されている。その結果タンクが日々増え続けていること。

②その汚染水を貯蔵しているタンク群の複数のエリア(現在4か所)から、汚染水流出が確認されていること。

③毎日1,000トンと言われる山側からの地下水の流入があり、原発は貯水タンクも含めその上に位置していること。

④汚染水が、毎日海流へ流出していること。

となるだろう。


これに対して、この度出された政府案は3つの柱から構成されている。

1.地下水を近づけない-上記1,000トンの地下水を近づけないために、原発全体を凍土壁で覆ってしまい、地下水が原発から迂回して海にそそがれるようにする。

2.汚染を取り除く-放射性物質除去装置「アルプス」の改良版を新たに開発して設置する。

3.海へ漏らさない-海側地盤の改良工事を加速。

というもののようだ。


しかし、凍土壁の完成予定は2015年夏ごろということで、どう少なくみても1年以上かかることは必定で、技術的にもこれほどの規模の経験はなく、更には今後どの程度続けるのか見えない長期にわたる運用(これまでの最長実績は2年)が求められるが、いずれもが未知数である。

また、現在のアルプスでは、放射能漏れ、腐食の問題などが発覚していることに加え、これからの開発になるため、これも進捗次第である。

何れの対策も、一刻も早くというのがこの先、半年、1年という単位で何も起こらないことなる。

しかも、完成までの対策、実際に作業する人員の確保などは触れられていない。
東電任せにできない計画のはずだが、結局は資金の手当てだけして東電に押し付けという構図だけは避けて欲しい。

そうでなくては、2年半の沈黙を突然破って470億円拠出する決定の拠り所である、政府主導、一刻も早くのいずれもが崩れてしまう。
そう感じるのは私だけだろうか?


一方で、先日1986年4月に起きたチェルノプイリ原発事故のその後をメディアが伝えた。

「27年たった今、ようやく廃炉に向けた準備をすすめる」というもので、実際に事故を起こした4号炉の原子炉建屋は、現在石棺で覆われているが、老朽化が進んだため、石棺ごと巨大シェルターで覆うというものだ。耐用年数は100年。

また、1から3号炉は2064年までに廃炉を完了する。とのことだ。

当時、発災2か月後の6月に60万人の兵士が導入され、原子炉建屋を覆う石棺建設が行われた。石棺は11月までのおよそ5か月で建設を終了した。対用年数は30年。

建設後27年目にあたる今年、対用年数が近づいたこともあり、巨大シェルター建設計画となったようだ。総費用は1,200億円とのこと。


我々日本人は、このロシアの経験に学ぶことは出来なかったのだろうか?
そもそも、しっかりとヒアリングや調査、分析などを実施したのだろうか?

上記の通り、我が国と比べロシア政府の対応は素早かった。
2年半が経過し五輪招致を前にした今、やっと重い腰を上げたことと比較するとその差は歴然だ。

何故、このような大きな差が出来てしまったのか?
「当事者意識の欠如」、「無関心」、「都合の悪いものには目を向けない」ことの表れではないだろうか?

上記3つを私は勝手に平成日本人気質と呼んでいる。

五輪招致も結構だが、福島の皆さん、いつ終わるともしれない原発対応の作業をしている職員の方々、汚染水を流出されることで操業できない漁業従事者の皆さん、そしてひょっとしたら影響を受けているかも知れない近隣諸国の皆さんへの対応は十分なのか?

政府として、東京電力として、この国の国民として、しっかり当事者意識を持って都合の悪い、汚染水問題に目を向けているだろうか?

「今からでも出来ることは何か?」を、1億人が真剣に考えたら凄いことが起こるのではないだろうか?
かく言う私も、改めて当事者意識を持って考えてみたいと思う。





2013年8月22日木曜日

隅田川流域の下町が熱い-下町アピール第二弾

先日、浅草の観光客数が年間2,000万人を超えたというニュースに触れた。


浅草は隅田川沿いにある江戸の情緒を残す歴史ある繁華街だ。今、浅草・隅田川が熱い。

隅田川を挟んで西側が台東区浅草、東側がスカイツリーのある墨田区になる。
今日は、暫しこの隅田川近辺について思いを馳せてみたい。

浅草は江戸時代、東京随一の繁華街であり、浅草寺の門前町として大いに栄えた。
その昔は遊郭で有名な吉原もこの地域にあり、江戸八百八町を下支えする日本一の歓楽街であった。


浅草が反映した経緯としては、浅草御蔵(現在の蔵前)に米蔵が設置されたことに端を発する。
ご存知の通り、当時の武士の給与は米であったため、旗本、御家人は幕府から米を支給された。
そして、この米の保管場所、およびその米を換金する機能をもった「札差(ふださし)」という商人たちが絶大な富を得た。

札差は、幕府からの蔵米の受け取りを旗本、御家人の代わりに行い、運搬、換金を行う。
更にはその米を米問屋へ売却する。この際2度利益が発生する。

また、札差は蔵米を抵当に旗本、御家人に対し金を用立てる金融業を営み、この金融機能が重要な役割を占めるようになり、次第に金だけではなく力を持つようになった。



この結果、札差たちが富を使って豪遊する場として浅草が栄えることになり、遊郭をはじめ、飲食街、歌舞伎の芝居小屋(中村座、市村座、河原崎座)、浄瑠璃などが集中した。


この隅田川エリアは文化としても栄え、古典落語、時代劇、歌舞伎、人形浄瑠璃などの舞台にも多く取り上げられ、江戸庶民はこの隅田川を大川と呼んで親しんでいた。

余談だが、正確には吾妻橋より上流を隅田川、吾妻橋から下流の厩橋までを宮戸川、厩橋から永代橋までを大川と呼んでいたようだ。

その隅田川にかかる橋は数多くあり、有名なものを挙げてみると、北から千住大橋、白髭橋、団子で有名な言問橋、ドジョウで有名な駒形橋、先ほどご紹介した蔵前橋、両国橋、永代橋、佃橋、以前跳ね橋として有名だった勝鬨橋などがある。

両国国技館などでも有名な両国という地名は、この橋が武蔵野国、下総の国の両国にかかる橋であったため両国となった。


東京スカイツリーのある駅は、以前業平橋と言い、伊勢物語の主人公在原業平にちなんで命名された場所だったが、現在はとうきょうスカイツリー駅に改名された。

昭和の中頃までは大変賑やかな場所で、花川戸の履物問屋街、すし屋通り商店街(明治には長さ100mの商店街に18件のすし屋が軒を並べていた)などがあり、中でも履物問屋は全国一の規模で、俗に「大坂、食い倒れ」、「京都、着倒れ」、「東京、履き倒れ」と称した。

また、小生の小学生時代までは、ろくろ首やオオイタチ(大きい板にペンキの血がついたもの)などの見世物小屋が立ち並び、寄席や映画館などのメッカでもあった。


しかし、東京大空襲の戦災、戦後はテレビの普及などで昭和40年代には映画館の閉館などにより、めっきり人通りが減少した。



その後、隅田川の花火大会の復活、浅草サンバカーニバルなどをきっかけに、仲見世、花やしきなどもイメージチェンジを図り、人力車による観光も盛んである。

浅草には三味線居酒屋なども存在し、民謡界の登竜門的な存在になっている。

因みに、小生の高校の同級生も浅草に店を構え、落ち着いた佇まいの雰囲気で津軽三味線を聞きながら、ゆっくりと食事ができるので、ご興味とお時間のある向きは、一度覗いてみて下さい。
http://www.waentei-kikko.com/


このように、浅草の様々な取組が功を奏して、徐々に活気を取り戻し、特に海外からの観光客が増え始め、宿は情緒のある浅草、昼間は東京近郊の名所を巡るなどという旅行者も多くいるようだ。

また、特にこの1年は隅田川対岸のスカイツリーオープンなどの追い風もあり、冒頭の数字を記録するまでに活況を呈している。

この内容は以前当ブログ
http://richard-kanasugi.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html
でも触れているので、参照されたい。


スカイツリーの数字を見ると、オープン1年目の5月22日までの来場者数が、スカイツリータウンで5,080万人、スカイツリーで638万人を記録した。

東京ディズニーリゾートの2012年度1年間の来場者数2,750万人と比べても堂々たる実績である。



さて、色々と隅田川エリアの今昔に触れてきた。
ここでひとつ考えてみたいのは、現在の繁栄は’ホンモノ’かという点だ。

スカイツリーオープン以降の混雑は、観光各社の機動力によるところが大きい。
動員数は多いが多くのツアーでの滞留時間はごく短いものである。

団体ツアーでさらっと「通り過ぎた場所」、「一度行ったことがある場所」ではなく、個人や家族旅行で「滞在したい場所」、「また行きたい場所」にならなくては永く繁栄することは難しい。


隅田川エリアを、3,000万人の観光客を受け入れる京都や、海外の有名都市と肩を並べる観光地にするためには、多くの関係者を巻き込み、大いなる創意工夫がまだまだ必要だろう。

観光客に向け、「箱もの」だけではなく、そのエリアでの「息遣い」が魅力あるものとして、受け取ってもらえるよう、永い歴史と多くの資産を上手に活用して観光都市「隅田、浅草エリア」を実現して欲しいと願う。